トライアスロンの鉄人IRONMANレースに挑戦へ 時間走vol.11

IRONMANレースに挑戦

2週間を切ったIRONMANルイビル(10月13日)へ向けて、ロングランの練習不足解消のためLSDを試みようと考え、今日(9月29日)さっそく出かけてきました
結果3時間10分の時間走、25キロくらい走りました

いつもと違うルートで走ってみる

朝6時半過ぎに自宅をスタートしたのですが、末娘が部活でバス停に向かっていたのでそれを追っかけていつもと違うルートでスタートしました

鶴見駅(海)方面へバスは向かうので自分もその方向に向かい、いつも(山)と逆方向へ走り出しました

駅を越え、海方面に向かい、いつもの鶴見川が海よりかわしもになるので、水かさも多く違う表情をしています

知らない河川敷を走っていると行き止まりもあり、間違え引き返す場面も出てくるのですが、何かすごく新鮮なため全然苦にならないです

 

 

いつもと違うシバリで走ってみる

今日はスマホアプリで計測ミスをしたため、距離・時間が狂ってしまいました

はじめはトラブルはつきもの「まあいいか」と計測はあきらめ走っていると、時間・距離という「シバリ」「ものさし」がないため何か自由を感じ、ましていつもと違うコースを走っているので、いつもと感覚が違うのです

結局今までのトレーニング方法は競技者のまねごとのトレーニング方法が基本、時間・距離を測り、ビリドアップ、ポイント練習、インターバルなど、既成のモノサシ、基準なのです

走りながら「もっと自由に走れたらいいのになぁ」と感じました

 

散歩ならぬ散走

今日はいつもと違うコースで違う景色だったので、見え方も違って見えます

またすれ違う人、ランナー、釣りをしている人、川べりに佇んでいる人、散歩している人、同じ河を見ていても「皆見ているものが違うんだな」なんて考えながらの散歩ならぬ散走感覚です

 

 

当初はLSDが目的で走り出したのに…

走っている感覚はなく、景色を楽しみ、夢想しながら…

 

20年間のサラリーマン思考が瓦解する

私は50歳の誕生日(令和元年年7月28日)前にサラリーマン生活にピリオドを打ったのすが、20年もサラリーマン生活を続けてきたので頭(思考)が凝り固まっている気がします

いつしかルーティーン生活、同じことを繰り返すことが楽で、居心地がよく感じるところが多分にあるような日常を過ごしているのです

生活をしていても無意識にリズム、パターンを見つけようとする部分は否めません

同じパターンで生きなくても良いのにです

生活の仕方、時間の使い方に正解はないのに…

 

 

自由へ解き放て

50年の人生の物差しをフラットにしたい、既成概念を取っ払いたい

今日いつもと違うランニングをしていて、つくづく思いました

IRONMANルイビルでアメリカに行ったら、もっと色々な価値観が見えそうで楽しみです

一度には難しいと思うのですが、少しずつ自分を自由に解き放したい

 

 

 

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