スピードスケートのスプリントで周りは180センチ、190センチの外国人選手に混じって162センチの清水が世界の頂点に立つ驚異の方法
一度決めたことは必ず実行
自分の肉体をどこまで支配できるかやってみたい
「たとえテロに遭遇したとしても、トレーニングのスケジューリングが変更されるのがイヤなんです。僕らはテロに屈しません」
一旦決めたことは、かならず実行する。
これが清水の強さの理由の一つでもある
一度決めたことを変更したり、妥協したりするのが嫌なんです
もし、ここで変更してしまったら、シーズンが始まって万が一、失敗レースをするようなことがあった場合、あの時に妥協したからだ、と言う原因を作っておきたくない
それに多分、今日寝る時に後悔すると思う
トレーニング期間中に得た一日一日のトレーニングの満足感の積み重ねがレースでの自信にもなるのです
11月に施した神経根ブロック注射の後遺症について、清水は身体の状況を説明しながらも
「五輪に出場する以上は、それでも金メダルは獲ります。獲れなかったら俺も、そこまでの人間だったということで」と語った
神の肉体
清水を大学時代からマッサージしているトレーナーの話
「あんな筋肉を持った選手はいませんね
ただそれは遺伝的なものではなく、筋繊維を破壊するようなトレーニングをし、新たな筋肉を再生し続けているからこそ、女性の乳房のような柔らかい筋肉を手に入れることが出来るんです
清水選手は、筋繊維レベルで自分の身体を知覚することが出来るし、意識レベルも他のアスリートとはちょっと違う領域に入っているので、あれだけの身体を作り上げることができたんだと思いますよ」
清水の目指したもの
清水は金メダルという栄誉が欲しいのではなく、この4年間に自分が闘ってきたそのエネルギーの量が、世界の誰にも負けないという証にしたいんだと思う
それもダントツの速さを見せつけて
自信は練習の積み重ねでしか生まれない
火事場の馬鹿力をを人為的に引き出せる日本で唯一のアスリート
金メダルを獲ってもなぜか、達成感が湧かなかったんですよ
ですから僕のアスリートとしての最終目的は金メダルではないということが分かったんです
金メダルを獲ってみて、初めてそのことに気がつきました
僕の目的は簡単にいうなら、自分の身体を通して人間の可能性を探りたいということなんです
これまでの人間の教科書の中になかった新たな価値観を引き出してみたい
人間の能力は、まだ2割とか3割しか使われていないという説もありますよね
残りの潜在能力をいかにして引き出すか、僕はスケートという手段を選び、そのスケートの中の既存の値観を超えて、未知の部分まで能力を持って行くのが、今の僕の最大の楽しみ
清水は意図的にZONEに入れた
運動生理学的な限界を超えた時に現れる能力の事実について、何人ものアスリートから証言を得ていた
が、しかしそれはどんな能力で、なぜそれが得られるのか分析できる選手はいなかった
しかし清水は『感覚』が言葉にしにくいものだということを正確に認識していながら、それでも、自分の経験した感覚を言葉に置き換える努力をしようとしていた
僕が掴んだトレーニング方法が後世のスポーツ界に役立つかもしれないと思って、少しずつ表現していこうかと思う
ZONEとその特徴
ZONE、フロー、ピーク・エクスペリエンスとも言われる
「その時に自分でも信じられないような力が出た」
「日常の時間や距離とは違う世界だった」
「光に包まれ気持ちよかった」
「試合を支配している感覚になった」
「もう1人の自分が試合を見ていた」
「レコードラインが光って見えた」
①距離、時間塾のズレ
②スローモーション現象の出現
③過去の情報のフラッシュバック
④俯瞰体験
⑤周囲や自然との一体感
⑥人生のパノラマ回帰
⑦試合の支配感
神の肉体を持つ男の感性
感性というのは、自然、あるいはその最も身近な自然の一部である身体の徹底的に見つめた末に手に出来るもので、森羅万象の現象を感じるというか、突き抜ける力というのが感性だと思うんです
神は細部に宿る
清水の言葉は目を覆いたくなるようなトレーニングの成果の賜物
「この魚は生簀に入っていた魚だと思う。生簀臭くて嫌だ」
「これはきっと乳牛だ。牛乳の匂いがして食べられない」
「点滴を打って10分くらいから、吐く息がビタミンの匂いになってくるんですよ。息がアリナミンになってくる」
「靴の紐は五日目のものが一番フィットする」
「はと目の位置を0,何ミリずらした」
神の肉体の作り方
清水には同じトレーニングを繰り返さないという信念があった
「筋肉って、結構賢いんですよ。それにずるいし。何度も同じような負荷を与えていると、筋繊維に組み込まれた知覚神経が学習してしまって、それほど変化しなくなってしまう
だから毎年、トレーニングの内容は変えています
スポーツ選手が間違いを起こしやすいのは、自分に満足してしまって同じメニューを何年もずっとやってしまうとか、昔調子良かった頃のものをやってしまおうとするからスランプに陥ってしまうんだと思う
常に新しいものに挑戦して行くと、それが自信になる
トレーニングで一番大事なのは、やったことによる自信を得ることなんです」
これまで積み上げてきたスケートの感覚を消してしまうこともした
ペダルを漕ぐという動作でハムストリングスと腸腰筋を鍛えたかったら
「ハムストリングスと腸腰筋、ハムストリングスと腸腰筋…」と脳の意識をずっと向かわせる
だからトレーニングは身体以上に脳が疲れてくるもの
その動きを脳に知覚させなければ無駄な汗になる
スキーノルディック複合の荻原健司・次晴という一卵性双生児が同じ環境で育ち、同じ食べ物、同じ人に接し、同じトレーニングをしていたのに、兄は2度の金メダル、弟は一度の五輪出場に終わった
この違いは、同じ量、同じ質のトレーニングをしても、兄は身体を動かしながらこの動きはあの技に、この筋肉はこの動作にといつも考えて体を動かしている
弟はトレーニングが辛いから頭の中から辛さから逃げるために好きな音楽のことを考えていたり、今日は何を食べようかなと考えたりしている
意識の持って生き方の違いで、同じ量の汗を流してもパフォーマンスに差が現れてしまうんだと思う
清水のオフシーズンの自転車ローラートレーニング
「ゴー」という掛け声でローラーを高い負荷で漕ぎ始め、1分過ぎたあたりから苦しそうなうめき声が漏れ始めた。太ももの筋肉が細かに震えている。痙攣しているのだ。顔が夜叉のように変わった
目はしろめを剥き始めている
「ストップ」という掛け声でローラーを降りた。だが、下半身全体の筋肉が痙攣しているためすぐには降りられない。顔をハンドルに埋めながら足を地につけたと思った途端、地面をのたうち回る
のたうち回りながら嘔吐しようとするが、吐くものがない
これが既存の筋肉を破壊するトレーニングなのだ
心拍数を生命維持の限界である220まで上げ、酸素供給を絶つことによって筋肉を懐死させるのだ
同時に脳への酸素供給も絶たれる。言うなら、人為的に脳死状態を作っている
10分ほど経ち意識が回復すると、ローラーに跨り同じことを繰り返す
1日に5クールこなす。
限界がどこにあるのか見極めるのには、失敗してこそ突き止められる
失敗すると言うのはバランスを崩すか、転倒するかなので、その感覚を身体で覚えてしまうんです
すると、何が足りないのか、どの部分をもっと強化すべきか明らかになり、その足りないものを埋めることによって次のステップに進むことができる
数字に対して自分を麻痺させると言うか、誤魔化すことも大事です
自分の限界値の感覚をわざと麻痺させることにしました
思い込ませるといってもいいですけど
スポーツの世界では目標設定は高い方がいいと言われているのはそういうこと
わざと高くしてドンドン異次元、これまで味わったことのないような世界をイメージする
ずっと考え続けることによって、日常化してしまうんです
無酸素で105メートル素潜りすることを、訓練、自分の作り方でそこまで可能にする、ジャック・マイヨールに唯一影響を受ける
清水はオフシーズンに鼻腔を広げる手術をした
清水のスケーティングの姿勢の低さには裏技があると言う
太腿が太いために滑っているとお腹に当たってしまうので、ある一定以上低くできない
どうすりゃ良いんだと考えていた時に、胃や腸を移動させてしまえば良いんだと思いついた
内臓を上げるというのは気功の考えで元々あったみたいですけど
実は低い姿勢をしている時は胃とか腸などの内臓を肋骨の部分まで押し上げているんです
練習をすれば簡単に出来るものだという
清水が自分の身体や筋肉について語る時、身体のパーツを、F1マシーンと同様に1万5千に感じ分けて語っているように感じる
大きな試合の前は睡眠は取らない方が良いんです
睡眠を取らない方が神経の感覚が鋭くなる
寝なければいけないという固定観念があるからよけい疲れてしまう
レースの前に精神的に疲れ果てて眠くなったら練れば良いし、逆に興奮して眠らなかったら、一生懸命寝ようとしがちだけど眠らない方が良い
神経も眠らないで研ぎ澄まされるし、筋肉も眠らないまま、レースの朝を迎えるのがいい
1日2日寝なくても、人間の能力は低下しないと断言する
[参考文献]
吉井妙子「神の肉体 清水宏保」新潮社
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